mienisi 3th Anniversary −Ⅰ−
3年前の2021年7月15日
mienisiはコロナ禍真っ最中に
ここ自由が丘で産声を上げました。
それからはもう
あれよあれよと月日が流れ
先日、ついに三周年を迎える事ができました。
これもひとえに
店頭&WEBからいつも気にかけてくださる皆々様と
心ときめく素晴らしい作品を届けてくださる
“創り手”の皆々様の
お力添えによる賜物です。
この場を借りて感謝申し上げます。
「三」
三位一体
三者三様
三本の矢
石の上にも三年
(三日坊主)
一つの節目であったり
整合性の取れた形であったり
自然界の中にも密かに存在している
不思議な素数「3」
私にとってこの数字は
心地良く整っているイメージがあって
例えば二人より三人行動が
好きだったりします。
実は“mienisi”という店名も
“三縁・御縁”をローマ字表記したもの。
3年目にして今更ですが。
ちなみに最近、DEVOAのデザイナーから聞いた話では
3・6・9は神の数字と呼ばれているとかなんとか。
だからDEVOAやCROMÄGNONの作品には
「6」に関連するディテールが組み込まれていたりしますが…
その話はまたの機会に。
今まで「周年祭」みたいなものは
あまり意識してこなかったのですが
mienisiにとっても私個人にとっても
とても意味深い数字である「三」の節目
何か面白い事をやろうと
密かに企んではいました。
無我夢中で進んできた三年間
その集大成、と言うと大袈裟な気もしますが
あっと驚く特別な一着が
実はすでに完成しております。
8/2(金)のお披露目に向けて
今日の本題はその発想源
とある生地との出会いについて
綴っていけたらと思います。
それでは参りましょう。
去年の夏頃の話。
三周年に向けて様々な可能性を模索していた私は
そろそろ何かを掴みたい一心で
「尾張一宮」に足を運んでいました。
“尾州”
ファッションに携わる人にとって
その地を知らぬ者はいない程
国内で唯一無二の毛織物産地。
上の写真、駅直結の尾張一宮駅前ビル(i-ビル)は
実は織物の経糸と緯糸の連なりをイメージして
その外観が設計されています。
自他共に認める「せんいのまち」という訳です。
様々な機屋が根ざす彼の地
しかし私がこの場所を訪れたのは
たった一つのとあるスペシャリストを求めての事でした。
“Office 92”
テキスタイルの企画・製造・販売を
独自のコンセプトを貫いて手掛ける生地メーカー。
天然素材を中心に使用し
日本の生地職人の技術を集結させ
素材・織・編の特徴を余す事なく活かす事で
非常にユニークなファブリックを生み出す
生地のスペシャリスト。
皆様よくご存知の
CやMから始まるあのブランドや
Pから始まるあのブランド
最近だとTやJなどなど。
いわゆる「アルチザン」と呼ばれる界隈において
決して欠かす事のできない存在
業界では世界的に知られているメーカーです。
『他社では絶対有り得ないコンセプトで製造・デザインされた生地』
代表・佐々さんの言葉通り
アトリエに所狭しと並べられている
見る生地、触る生地、その全てが
強烈な存在感を放つモノばかり。
「これはもしや・・・」と
某ブランドのコレクションに辿り着く事も多々…
まさに圧巻の一言でした。
そんなお宝部屋のような場所で
ついに、本当についに
たどり着いた一布
佐々さんからも「面白い生地ですよ」と
心強いお言葉をいただけた生地です。
三周年に相応しい舞台を
見事に整えてくれるであろう
今回の主役がこちら。
“二重織り擬麻ローシルク”
「ローシルク疑麻(ギマ)糸」と
それを裏から支える「コットン糸」の
二重織組織。
一目見てその表情に惚れて
触ってみて、二度惚れました。
ローシルク特有のナチュラルなスラブ感
ムラ染まりのような不均一な色目
何より驚くのは
まるで資材のような退廃的質感を
見事にぶった斬ってくる
シルク本来の「しなやかさ」
そう、ザラついた質感でありながら
肌当たりはしっとりしているんです
この見た目で。
すでにパンクしそうな情報量ですが…
一つ一つ、紐解いていきましょう。
まず表面の擬麻ローシルク
ローシルク=太番手のシルク糸
とは想像に難く無いですが
では「擬麻」とは何なのか。
それは文字通り
麻に似た風合いを出すべく
特殊な樹脂で糸加工を施し
麻特有のドライなタッチに仕上げた糸の事。
「シルク」と聞くとやはり
ツルッとした肌触りを想像されるかと思いますが
この「擬麻ローシルク」は
シルクならではのしなやかさと
ザラついた独特のハリを両立していて
十人中十人
これを触ってシルクだと見抜ける人は
恐らく居ないはずです。
ダレやヨレへの耐久性も備えているため
肌当たりは優しいのに
ガシガシ着用できる粗野さがあり
シルクでありながらデイリーユースできるという
何とも欲張りな生地感です。
そして最大の特徴は
糸の「形状」にあります。
見れば見るほど
何か違和感を感じませんか?
そう、「平べったい」んです、この生地。
通常、糸は撚糸されて丸みを帯びているので
太番手になればなるほど
立体的な厚みが生まれてゆきます。
厚手のキャンバス地なんかをイメージしていただくと分かりやすいですね。
対して、このローシルク擬麻
1/28シルク糸を「扁平状」に紡績し
まるで生地を叩き仕上げたような
独特の表情。
糸の断面を見てみるとそれが良く分かります。
4本の糸が横に“連なる”
見た事のない糸アジ。
つまり1本取りではなく
贅沢なローシルク糸の4本取りで
更に見ての通り
4本の糸を撚糸で束ねず
ビスコース糊で物理的に横付けし
糸は丸みを帯びず扁平状の形を保ったまま
特有の太さを帯びた糸に仕上げています。
通常とは全く異なる特殊紡績
この技術を有するメーカーはやはり限られているらしく
私が生地を発注後、
この生地に使用されているシルク擬麻糸は
在庫が全て無くなってしまったという事。
もう少し量を用意したかったのですが
叶わずでした。
次に裏面。
生地を裏返してみると
表とは糸アジや色味が全く異なる事が分かります。
その秘密は「織」
この生地は“二重織り”と呼ばれる
織組織が裏表に渡って構成された
つまるところ、非常に複雑な織物。
分かりやすく言うならば
「裏地が付いた生地」
を想像してみてください。
織工程はもちろん
通常使用される糸の量と比べて
単純計算で倍近くになるので
その手間も金額も言わずもがな…
非常に贅沢な仕様という訳です。
糸だけでもかなりの手間を要するのに
それを更に二重織りで仕上げる。
なぜなのでしょうか。
二重織りは表と裏で二つの組織が存在する
両面構成の生地
つまり、片方の面のメリット・デメリットを
もう片方で補い合う事ができるのです。
例えば今回の擬麻ローシルク
「扁平状」という特殊形状の糸なので
非常にバラつきやすいというデメリットがあります。
生地の裁断時や縫製時に
糸が必要以上に抜け落ちていってしまうのは
やはり避けたい要素。
そこで活躍するのが裏面の綿糸
その補強を果たすという訳です。
しかしそれを
補強だけで終わらせないのが
“Office 92”の凄いところ。
生地の表面を上から見てみると
ライトグレーのローシルク擬麻糸の「隙間」を
ブルーグレーのコットン糸が
絶妙な差し色として「埋めて」いるのが分かります。
擬麻ローシルクならではの平べったさは
見方を変えれば立体感に欠けてしまう
=薄っぺらい質感になる危険性を孕んでいます。
なのでその特性を
二重織りによる物理的な厚みと
綿糸の色が魅せる奥行きで
独特の立体感を付与し
生地を唯一無二の表情に導くわけです。
しかもこの綿糸
よくよく見ていくと
まるで絣のように不均一に染められているのが分かります。
実はこの部分は直接佐々さんから聞いたわけではなくて
糸を分解して気づいた部分なので
正確にはどんな方法で先染めされているのか不明です。
ですがこの糸色の「ゆらぎ」が
生地の表情に更なる影響を与えているのは
間違いありません。
しかしながらこんな特殊な糸
よく二重織で織ろうと思いますよね…
その発想力はもちろん
製織技術の高さにも驚きます。
この生地の魅力
実はまだ終わりません。
個人的にとても嬉しかった点なのですが
見た目の“重厚感”は感じるのに
驚くほど“軽量”な事。
つまり「着る事」すらも
考えて織られているのです。
口にするは易し
これがまた簡単ではありません。
そもそも二重織りの生地というのは
普通の生地と比べて重量が増します。
裏表で糸を交差させる訳ですから、当然ですね。
同時にこの生地のような
麻の太番手を思わせる表情を作ろうとすると
それはもう重量なんて
とんでもない事になってしまいます。
「着る」を考えれば重さは軽くしたい。
しかし「粗野な面構え」は整えたい。
「重さ」は無くても「重厚感」は欲しい。
そんな矛盾を解決する一つの答えが
“二重織りローシルク擬麻”
だったという事。
糸に“擬麻加工”を施し
見た目と質感に粗野さを加え、
“扁平糸+色違い綿糸の二重織組織”で
生地組織がより浮き立つように仕上げ、
天然素材の中で麻より軽量な
“シルク×コットン”で形成する。
素材選定、加工、製織、整理工程
それぞれのピースが
美しい方程式のように当てはまり
まるで一つの作品のように成り立つ奇跡。
まさにスペシャルファブリック
いやもう、脱帽です。
どんな素材のどんな糸を
経・緯に使用するかという
二次元的着想だけでは
この生地には決して辿り着かないんです。
もっと言ってしまえば。
良い素材で良い生地を作るというのは
ある種、簡単な発想です。
ウールスーパー〇〇やら超長綿やら
最高級のアラシャンカシミヤやら
巷でよく聞くフレーズ化している高級素材。
決して悪いものではないです。
私自身も愛用していますし
その良さを存分に活かした衣服も沢山存在します。
ただ、
生地を「創る」という視点に立った時
そのような聞き触りの良い素材に頼らずに
独自の素材選定と
多岐に及ぶ加工方法
複雑な織組織構成
そしてそれらを成せる技術者達を
繋いでいく人間力で
一つの美しい織物に辿り着く事。
これぞまさしく“職人技”ではないかなと思うのです。
「製作」ではなく「制作」
テキスタイルの全てを熟知しているからこそ
このような常識外の織物は誕生します。
“Office 92”の生地が醸し出す
唯一無二の存在感は
やはり裏付けされた技と知識が成せるもの。
テキスタイルの可能性
生地におけるアルチザンのその真髄
私はやはり「餅は餅屋」という言葉を信じます。
さて
物語は次の章に移ります。
「この生地をどんな衣に仕立てるのか」
プリミティブな生地感と
mienisiならではの“染め”が映える素材
という事は
皆様ご存知のあの御方しか考えられませんね。
詳細は次回のkakimonoにて。
次の話:−Ⅱ−