灰草 −有為自然Ⅰ−
今年もあっという間に過ぎてゆき
気づけば、九月。
鋭い皆様はお気づきかもしれません。
オンラインショップの更新が大幅に遅れてます、、、
今月から徐々に載せていく予定ですので
遠方の皆様、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。
さて今回のkakimonoは
ついに、と言っていいでしょうか。
自らの手で作り続ける人
“灰草”
その知られざるモノづくりの裏側を
少しでも綴っていけたらと思います。
それでは参りましょう。
“灰草(ハイクサ)”
6月某日。
いつもとは少し違う緊張感の中
車を西へと走らせていました。
SNS上の僅かな情報を除き
ほとんどが謎に包まれたブランド
“灰草”
今回、恐れ多くもその裏側を解き明かしたいと思い
デザイナーの居るアトリエに向かっていたのでした。
謎。
そう、直接その作品に触れた事が無い人にとって
灰草は正体不明のレーベルだと思います。
「自ら服を仕立てている」
「美しい天然染色と退廃的な雰囲気の衣服」
「直接手に取って見れる店が少ない」
SNSの限られた情報を紐解いていくと
見えてくるのはそれぐらいでしょうか。
しかしデザイナー曰く
現在の在り方は意図した訳ではなく
“そうせざるを得なかった”
というニュアンスが正しいと話します。
そもそも「衣服」とは
想像以上に手間のかかる制作物です。
デザインするデザイナー。
立体化するパターンナー。
生地を織る機屋。
染色を手掛ける染工。
ひたすらミシンと向き合う縫製工。
多くは人の手と感性が成す「技」であり
それぞれを生業とする人々が存在している事実が
服作りにおける複雑さを何よりも示しています。
衣食住という言葉の通り
私達にとても身近で
無くてはならない存在である衣服。
しかしその価値はどうしても見落とされてしまう事が多いのです。
灰草の話に戻ります。
そんな服作りにおけるほとんど全てを
自らの手で完結させる為には
所謂「ブランド」と呼ばれるそれらとは
全く異なる時間の流れの中を
進んでいくしかありませんでした。
加えて
灰草の狂気じみた制作工程が
年間に生み出せる着数を更に狭め
「情報発信」など、する間も無かったわけです。
自らの全てを費やして完遂される衣服とは
どんな様相を呈しているのでしょうか。
緊張と高揚でどぎまぎしながら
灰草アトリエに到着し、いざ中へ。
漂ってくる独特の空気感と
気になる道具やオブジェクトを横目に
近況を伺いながら
23AWの新型や新素材について説明を受けます。
しかし、今回一番の目的は
灰草が普段行なっている作業を
間近で“見”させていただく事でした。
自身がやっている事の凄みを
普段から決して表に出さないデザイナー。
だからこそ直接見て、感じ取る必要があるのかもしれないと
ずっと考えていました。
その念願のひととき。
デザイナーの限りある時間の中で見させてもらったその一部始終は
やはり灰草を灰草たらしめる
様々な要素が絡み合っていたのです。
早速、それは「染色」から始まりました。
灰草の染めは、まさに灰草だけの色彩を描く儀式。
藍染め、墨染め、柿渋染め、錆染め…etc
様々な染色技法を用いる灰草ですが
特に“灰青”と名付けられた
灰草ならではの藍染めには
特有の色と表情があります。
写真はその様子。
まずは最初の藍染め→天日干しで発色を待ち、
藍の状態を整えた上で再度藍染め。
繰り返し、望む濃さまで染め上げたのち
最後の墨染めで特有の色を生み出していきます。
藍と墨を交わらせたブルーグレー。
当日はまさに猛暑でしたが
もちろん全て外作業。
染色によって生地を「化け」させる事。
その為には染料や手法の選定は元より
生地の性質、織組織や素材構成などを
見極めなくてはなりません。
それが染色の面白さであり
知識と経験を要する謂れ。
理想の色を生み出す為には
無数とも言える選択肢の中から
最適解を見つける必要があります。
灰草のデザイナーは生地のスペシャリスト。
原料〜糸の紡績〜製織〜二次加工など
細部にまで隈無く目を凝らし
使用する生地を選定していきます。
また毎シーズン必ず手掛ける
オリジナルファブリックの開発にも注力し
製品染めによる新たな表現を目指しています。
生地に精通するデザイナーだからこそ
類稀な染色を可能にしているのです。
もちろん、灰草の衣服として世に出るまでには
数え切れない程の染色テストを経ている事も
忘れてはなりません。
全て手作業で施される染色は
回数や時間などを機械的に決めず
自らの目と手で感覚的に仕上げていく事が多いそうです。
理想の完成形を見据えながら行われる染色ですが
天然の染料や素材を用いる以上
全てを人の手で制御しようという傲慢さは捨てる必要があります。
しかし、それはむしろ灰草が望んでいる要素。
全てを自然の在るべき姿に収める為
灰草は一着一着に製品染めを施していきます。
最近ではアトリエの裏庭を改装し
藍の葉の栽培も初めたデザイナー。
今後の新たな染色技法も楽しみですね。
お次は室内作業へ。
洋服のカタチを組み立てていくパターンは
気持ちよく着てもらえるモノ。
手元にいつまでも残るモノ。
そんな想いを込めて1本1本線を引いているそうです。
その性質上、写真や文章等であまりお見せする事ができないのですが
貴重な型紙はまるで我が子のように
一つ一つ丁寧に保管されていました。
若き頃に学んだ服作りの基礎を元に
仕立てを行なうデザイナーですが
“灰草”へと発展させる為の努力は
ほとんど独学で行なわれてきたそうです。
その中でも特に難しいと語るのがパターン。
灰草では継続モデルであっても
常にパターン更新を続けており
その完成度を着々と高めています。
最近は特にテーラードの袖付けに大きな変化が。
これはぜひ店頭にて実際にお確かめください。
そしてボタン。
これがまたとんでもなかった、、、
ボタンは衣服の印象を左右する重要なパーツ。
アンティークを思わせる真鍮製のもの、
鈍い輝きを放つ洋白製のもの、
土に還る事を願う土器のようなもの、と
灰草では主に3種類のボタンを使用しています。
特に金属製のボタン2種は
アイテムの様々な箇所に使用される為
私はずっと機械で成形しているのだと思っていました。
しかし見させてもらった作業台には
リューターやグラインダーなど
全くそれらしいものが見当たりません。
鉄やすりに紙やすり、ペンチ、布。
・・・まさか。
そう、成形は全て手で行われています。
板からの切り出し
穴あけ
削り
歪み
腐食
磨き
それら全てが手作業でした。
余りにも体力と腕の力を要するため
1日の限られた時間だけ作業し
少しずつ作り溜めていくそうです。
なぜ、手なのか。
当初はリューターで削っていたそうなのですが
曰く「納得がいかなかった」。
「人工的なモノ」を望まないという、矛盾。
恐らくはボタンというパーツ一つですら
機械的になる事を嫌ったのでしょう。
より立体的な厚みを出す為に
何度も何度も角度を調整して手で削り
ようやく生まれる一つのボタン。
その過程の中でペンチの先は
写真のように削り切れていました。
削るだけではありません。
磨きと加工を何度も繰り返し
使い古したような風合いに仕上げていきます。
ただ黒くするには酸化剤一つで十分。
ですがそれだと擦るだけで落ちてしまうし
何より、物足りない。
日数をかけて酸化を繰り返し
金属自体にしっかりと定着させながら
更に熱を加えて煤けた表情を作り
仕上げに手やすりで磨く。
その工程を永遠と繰り返し
「人の手で加工したもの」ではなく
「自然と変貌したもの」へ
導いてゆきます。
削るだけでも大変なのに
その果てはもはや見えません、、、
そうして生まれてきたボタンの一つひとつには
名前が付けられるほど愛着があるそうです。
この子はシャツのトップボタンに。
この子はアウターの1ボタンに。
この子は袖先のボタンに。
一人一人、仕立てながら決めていくそうです。
灰草をすでにお持ちの方や
これから袖を通すかもしれない方には
ぜひボタンの一個一個まで見てもらいたい。
こんな特別なボタンも存在します。
静岡の販売会でお披露目される限定品
“ash to ash”
その衣服にしか使用されない
銅製の緑青ボタン。
この風合いになるのは10作ってその約3割。
何度も作り直すため
シャツ一着分のボタンを用意するのに
数ヶ月かかるそうです。
本当に果てしない世界。
ボタンだけでなく
ボタン付けも念入りです。
これは気づかない方も多いのではないかと思いますが
灰草のボタンは全て絹糸で付けられています。
独特の艶と上質な素材感、
何より染色で輝く姿はまさに唯一無二。
またアウター類のボタンホールは全て手始末ですが
それも絹糸を蝋引きして縫っています。
特に
灰草を代表する「羽織コート」は一つボタン仕様の為
その作業は一層念入りに行われてゆきます。
撮影していた最中にも
「二針前が納得いかなかったので少し待ってください」
と、誰に言われるでもなくやり直しに。
一針一針に魂を込めて施すその姿に
何か熱いものが込み上げてくるのが分かりました。
「僕達は発展途上なんです。
だから一つ一つの作業を
より丁寧に、より時間をかけて
納得いくまで突き詰めるしか術が無かった。
自分が認めないモノを世に出す事だけはしないよう
一着一着に向き合うしかなかったのです。」
灰草のデザイナーと初めてお会いした時の
第一声がこの言葉でした。
こんなにも稀有なモノづくりをしているデザイナーが
「自分が作るモノには一切満足していない」と謙虚に語る姿は
正直なところ、ある種の儀礼のようなものだと受け止めていました。
しかし今回初めてアトリエを訪れ
その仕事ぶりを間近で見させていただき
その言葉の本当の意味を捉える事ができました。
まさに、全身全霊。
一つの緩みも許さず
自身の全てを総動員して
一着の衣服を仕立て上げるその姿には
何かを成し得たいという我欲ではなく
着る人の事を一心に考えるデザイナーの気質が現れていました。
手間暇のかかる服作りである事は
分かっていたつもりでした。
しかし想像をゆうに越えていた。
そう、この取材自体も
一日で灰草の全てを知るつもりでしたが
途中で全く時間が足りなかったと気づきます。
何かに「本気」で立ち向かう人と話すのは
とにかく、痺れますね。
ふと、横に視線を逸らすと見える糸車や織機。
これまた企画展のみでオーダーを受け付けている
“火々折”の手織り生地、まさにその制作途中でした。
縫製や染色だけでは飽き足らず
糸作り、つまり素材の撚りや先染めから始まる
自身の手でまさに「全て」を完結させる
秋冬限定のフルハンドメイドコレクション。
こちらももし気になられた方は
ぜひ静岡のお店へ行かれてみてくださいね。
自らの全てを捧げて挑む灰草のモノづくり。
その全容は想像を超えた茨の道でした。
そして物語は続きます。
次回は灰草が生み出す衣服にフォーカスして
皆様にご紹介していければと思います。
モデル一つ一つに込められた想いとエピソード。
どうぞお楽しみに。
次のお話:−Ⅱ−